店長田中です2022⑤
こんにちは。出雲店 店長の田中です。
3月は「去る」を猛烈に実感している今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
今日(3/25)も春らしい天気でとても気持ちが良いですが、先週も天気の良い日が続いていました。
私はこのところあまりにも気持ちが良いので、店休日にウォーキングをかねて平田にある鰐淵寺に行ってきました。
鰐淵寺・・・
推古2年(594年)に信濃国の智春上人(ちしゅんしょうにん)が出雲市の旅伏山(たぶしさん)に着き、推古天皇の眼の病を治すために当地の「浮浪の滝」に祈ったところ平癒されたので、祈願成就のお礼に建立された勅願寺であるといわれています。
この鰐淵寺(がくえんじ)という名前は、智春上人が浮浪の滝のほとりで修行をしている時に、誤って仏器を滝壺に落としてしまったところ、鰐(わにざめ)がエラに引っ掛けて奉げたことから“浮浪山鰐淵寺”と称するようになったということです。
平安時代末期には修験道の霊地として広く知られ、室町時代までは栄えていたといいますが、今はひっそりとした佇まいです。
寺宝はきわめて多く、銅造聖観世音菩薩立像などの重要文化財も。(現在は非公開)そのほかの文化財は、ほとんどが古代出雲歴史博物館に寄託されています。
また、日本で広く知られる武蔵坊弁慶は、ここ鰐淵寺に多くの伝説を残しています。
弁慶は仁平元年(1151年)松江市に生まれ、18歳から3年間ここ鰐淵寺にて修行をしたということです。その後京都の比叡山へと移り、源義経に出会ったと伝えられています。
壇ノ浦の合戦で平家を滅ぼした弁慶は再び出雲の地に戻り、鰐淵寺に身を寄せました。この道中、弁慶は「大山寺」(現在の鳥取県大山町の山中にある寺)の釣鐘をかつぎ、鰐淵寺まで約101kmある山道を一晩で持ち帰ったといわれます。
その釣鐘は国の重要文化財に指定され、古代出雲歴史博物館に寄託されています。
弁慶はその他にも、自画像、負い櫃など、多くの伝説や遺品をこの地に残しています。
↑出雲観光ガイド様より引用
という由緒あるお寺なのですが、景色を楽しみながら山道をひたすら歩いていくと、、
突然目の前に荘厳な滝がっ!そして滝の中腹にはお堂が建っているのですっ!
これは一見の価値ありです。
皆様も出雲へお越しの際にはぜひ弁慶が修業したとされる滝のお堂をご覧に訪れてみてください。
以上、今回はブログっぽい内容を投稿してみました。
もうすぐ4月、、新年度です。
どうぞ2022年度もトコスホームを宜しくお願い致します!
↓豆苗の飼育日記(滝の写真はありません)